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「燃えよドラゴン」公開40周年
皆さん、あけまして おめでとうございます。
超久しぶりの更新で申し訳ありません。
1973年12月22日「燃えよドラゴン」が公開され、日本中が大反響を起こしました。
あれから40年、ブルース・リーを知らない世代も多くなってきました。
しかし、熱狂的なファンはまだまだ多く存在しているのも確かです。
ストーリーは、殆どの方がご存知なので、サラッといきます。
【「燃えよドラゴン」英題:Enter the Dragon】
国際情報局のブレイス・ウェイト(ジェフリー・ウィークス)がリーを訪ねハン(シー・キエン)が主催する
武芸大会へ出場してほしいと依頼する。
「興味ない」と断るリーだが・・・
リーは、3年前に妹のスー・リン(アンジェラ・マオ・イン)が死亡した真相を父親から
聞かされる。
スー・リンは、ハンの用心棒オハラ(ボブ・ウォール)が率いる手下たちに襲われ、
最後は自決していたのだ。
ローパー(ジョン・サクソン)も、ハンの武芸大会に招待されていた。
ゴルフをしている最中に現れた借金取りのギャング達を叩きのめして香港に来た。
ウイリアムス(ジム・ケリー)は、因縁をつける警官二人を叩きのめして香港に来る。
ローパーとウィリアムスは親友で、ハンの島へ向かう船上で再会する。
リーも同じ船に乗っていた。
ハンの島で出迎えるのは美女タニア(アーナ・カプリ)。
そしてボロ(ヤン・スエ)であった。
島では武芸大会が開催されるが、リーの調査により
ハンの冷酷非情な姿が徐々に表れてくる。
そして、島で麻薬を製造していることも明らかに。
試合では妹の仇であるオハラと対戦するリー。
怒りに燃えるリーは、オハラにとどめを刺す。
ウィリアムスは、ハンに殺され、それを知るローパー。
ハンに仲間になるよう誘われるが、ローパーはそれを断る。
麻薬工場に潜入するリーだが、ハンの手下たちに見つかり次から次と
ハンの手下を倒していく。
しかし、ハンに囚われローパーと闘うよう仕向けられるが・・・
【解説】
いやあ、サラっといくつもりが長くなってしまいました。
要約するのが苦手なので、ついつい長くなってしまいます。
この脚本は当初ローパー(ジョン・サクソン)が主役となる設定だったそうです。
しかし、ブルース・リーが製作に加わることとなり主役はブルース・リーとジョン・サクソンになったようです。
今までのアメリカ映画にありがちな、白人男性が主役で中国人がそれに協力するという設定では
「グリーン・ホーネット」やってきたブルース・リーとしては面白くないでしょう。
当然、誰しもブルース・リーの圧倒的な技と存在感を見れば主役で納得するでしょうね。
まあ「燃えよドラゴン」について、今更解説などしなくても、皆さんよくご存知とは思いますが、
私の感想と思ってもらえればと思います。
この40年前の「燃えよドラゴン」。今のDVDで見るものより少し違うんですね。
高僧との会話シーン。鏡の間での高僧の声。
これは、当時の映画には入ってなかったものです。
ブルース・リーの武術における精神性が語られています。
当時も、これを入れて欲しかったですねえ。
あと、今発売されているDVDでどうも気に入らないのが日本語字幕です。
ウィリアムスが夜、リーを見かけた時の言葉。
英語では「A human fly」と言ってます。
しかし、当時では「月光仮面だ」と字幕が出てました。
これは当時の観客には結構受けてたんですけどね。
今のDVDでは「鳥人だ」
何?鳥人とは?飛んでないし。
う~~ん。納得いかない。
まあ、最近の若い人向けに「月光仮面だ」は受けないかもしれませんがね。
あっさり直訳で「ハエ男だ」にしますか?
いやあ、これもねえ~。
そのくらいにして、最大に許せない字幕。
オハラが板を割ってみせた時。
DVDでは「決着をつけよう」となってる。
当時の映画の字幕は、「板は打ち返さない。」
これでいいでしょう。
英語のセリフが「Boards don’t hit back」
そのまんま直訳すればいいのに、何で「決着をつけよう」なのか。
これはダメです。
字幕については、これくらにして。
当時のパンフレットには、試写会で観た大山倍達先生、梶原一騎先生のコメントがありました。
大山先生は、「空手をやる人には是非観てもらいたい。」
梶原先生は、「空手が本格的。」
などと、ベタ褒めで私もニンマリとした記憶があります。
まあ、実際大山先生は、あまりいい評価はしてなかったらしいですけど・・・
「燃えよドラゴン」
当時はこれを皮切りに全世界では凄まじいまでのカラテ映画ブームとなります。
ジム・ケリーは「黒帯ドラゴン」に主演。
アンジェラ・マオ・インは「アンジェラ・マオの女活殺拳」に主演。
ちょい役だったサモ・ハン・キンポー、更にちょい出演のジャッキー・チェン、ユン・ピョウなども
その後の活躍はご存知のとおり。
ヤン・スエは、これを皮切りに日本でも大人気となり、「Gメン75」などで悪役ぶりを発揮。
そして便乗商売がムチャクチャ多かったです。
40年前ですから、ビデオなんて無い。
CDも、もちろんありませんでした。
あるのはレコード。
レコードは色々と出てきました。
「燃えよドラゴン」サントラ盤レコード。
ラロ・シフリンの音楽が良かったです。
「燃えよドラゴン」の映画そのものの音声+音楽が発売もされました。
これで英語を勉強された人も多かったと思います。
スピードラーニングの先駆けみたいなもんですね。
しかし・・・「ボード ドンヒンバック」私が覚えたのは、これくらい。
とにかく、レコードのジャケットにブルース・リーの写真が出てれば中身が
何であれ売れてた時代です。
私も、かなり騙されて買った覚えがあります。
タニア役のアーナ・カプリが8ミリで「燃えよドラゴン」の撮影風景を写していたという
「アーナカプリフィルム」が「アイアム ブルース・リー」で一部放映されて
ました。
この映像を見るかぎりでは殺伐とした雰囲気はなく、皆が楽しそうに演じてる
感じでしたね。
他にも、貴重な映像がどこかに眠っているように思えるんですが、50周年くらい
にはでてきませんかね~?
もう、「燃えよドラゴン」に関係した人たちも多く亡くなってるので期待は薄い
ですが・・・
ブルース・リー 1973年没
監督 ロバート・クローズ 1997年没
シー・キエン 2009年没
アーナ・カプリ 2010年没
ジム・ケリー 2013年没
さて、燃えよドラゴンが公開40周年ということは、「ドラゴン」シリーズが
続々と今年40周年になりますね。
これからも、このブログで色々と紹介していきたいと思っています。
では、今年もよろしくお願いします。
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