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1943年黒澤明監督で「姿三四郎」が上映されて2年後

1945年に同じく黒澤明監督で「續姿三四郎」が上映されました。

ご存知のとおり、空手映画じゃなく柔道映画です。

しかし、ちょっと面白いことに気がついたので。

 

「姿三四郎」の物語は、富田常雄の小説「姿三四郎」が原作です。

血気盛んな姿三四郎が、柔道を通して悩み、苦しみながらも人間的に成長していく

過程と柔道創世記の物語です。

原作の富田常雄は、講道館創立時に「講道館四天王」と呼ばれた富田常次郎の

次男で、自らも柔道五段。

「講道館四天王」の中には、「姿三四郎」のモデルとなった「西郷四郎」がいます。

 

ちょっと脱線ぎみですが・・・

 

前作「姿三四郎」は大ヒットし、その続編として「續姿三四郎」が出来上がりました。

 

前作で姿三四郎に敗れた「良移心当流」檜垣源之助の弟二人が沖縄から復讐にやって来ます。

弟二人「鉄心」と「源三郎」は唐手の達人で、闇討ちなど行いながら三四郎に挑んでくる。

結局、三四郎の柔道と人間性に二人は負けを認めることとなる。

 

この映画の唐手指導に小西康裕氏の名がある。

小西康裕とは、明治26年香川県に生まれて子どもの頃から柔術、剣術などの武道を

幅広く学び、大正14年には船越義珍と出会い唐手も学ぶことになる。この時32歳。

空手の約束組手の原型を考案した一人である。

その後も合気道、柔術各派を学び

昭和8年には神道自然流空手術を興した。

 

そして、もうひとつ面白いことにボクシング指導に堀口恒男氏の名が。

劇中、姿三四郎が外国人ボクサーと試合をするのだが、その指導

に堀口恒男氏が選ばれたのであろう。

 

堀口恒男とはピストン堀口。

「拳聖」と呼ばれたほど日本ボクシング界のカリスマであった。

対戦相手をロープに追い詰めてからの左右の連打を「ピストン戦法」と呼ばれた。

また、ピストン堀口は武道にも学び、小西康裕の弟子でもある。

 

この両者がどのような指導をしたのだろうかと思うと楽しい。

 


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